サンディエゴ日本人教会 San Diego Japanese Christian Church
Religion & Spirituality:Christianity
イエス・キリストはかつて言われました。
「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である」(マタイ9章12節)。
キリストは「私は病人のために来た」と言われました。でも、私達は思いませんか、この言葉をそのまま受けとると、そうなのか、この世界には「病人」と「健常者」と二種類の人間がいるのかと。そして、大抵、私達は自分は健やかな者なのだと思うのです。
肉体的であれ、精神的であれ、病んでいる人と向き合う医師達が口を揃えていうことは、患者が自分は病んでいるのだということに気がつく、自分には治療が必要なのだということを自覚するところから治療は始まるということです。
「そんなことは当たり前だ」と私達は思いますが、けっこうこのことに気がつかない、自覚しない、いや、確かに病んでいても医師に会おうとしない人はたくさんいるのです。そして、当然、その間に病状はさらに悪くなってしまうのです。
もちろん、イエス様が言われている病人とは私達の肉体的な病を指しているのではありません。ここで主イエスが言わんとしていることは、たとえばこういうことです。「あいつには問題がある。こいつにも問題がある。あいつにもこいつにも、教えられなければならないことがある。指摘されて、直さなければならないものがあるのだ。でも、俺にはそのようなものはなく、自分の判断や、言動はきわめて全うなものだ」
確かに人は自己診断において自分は病人ではないと思うかもしれない。しかし、神の前に人は誰でも指摘されること、直さなければならないものがあるとイエス様はここで言っているのです。
『皆と、そして一人で神の前に立つ』大倉 信 牧師
『「比較」と「妬み」で人生を終えない』大倉 信 牧師
『嘘のない人生を生きたい』大倉 信 牧師
『倍返しどころではない話』大倉 信 牧師
『度々、取り上げられる不倫について』大倉 信 牧師
『他人事ではない殺人』大倉 信 牧師
『取るべき地はまだある』大倉 信 師 (bilingual message "There Is Still Land to Be Taken", translation by Pastor Ichibei Honda)
『父母を敬うことは、神と自分を尊ぶこと』大倉 信 牧師
『日曜が変われば、生き方が変わる』大倉 信 牧師
『全ての名にまさる名』大倉 信 牧師
『人が作った神々の姿』大倉 信 牧師
『天を相手に生きていく』大倉 信 牧師
『健やかな教会になるために』大倉 信 牧師
『神の関与、それが力と慰め!』大倉 信 牧師
『露が消える時』大倉 信 牧師
『心の断捨離』大倉 信 牧師
『それはあなたの戦いではない』大倉 信 牧師
『自由を右手に、左手に責任を』大倉 信 牧師
『利他の極み:十字架』大倉 信 師
『父親へのエール』大倉 信 師
Create your
podcast in
minutes
It is Free
The Hello Heaven Podcast
Cast The Word
Let Me Be Frank | Bishop Frank Caggiano’s Podcast | Diocese of Bridgeport, CT
The Kingdom Power Fellowship Podcast
The Bible Recap
The Bible in a Year (with Fr. Mike Schmitz)